雪兎の小部屋

病弱専業主婦の日々

呪いが解けた日

主人と喧嘩したのがよりにもよって土曜日の夜のことで、それから日曜日の夕方まで引きずってしまいました。

発端となったことについては触れませんし、喧嘩の内容についても深くは触れませんが、喧嘩と和解を通じて、ようやく呪いが解けたなと感じたので、そのことについて書きたいと思います。

 

私はうつの症状もあり、また日中ひとりでいることが多いので、結婚したといってもひとりぼっちだと思っていたんです。

ここのところ主人の多忙も重なって、普段会話できる時間はほとんどなくて、寂しさは募る一方でした。

主人だけに寄りかかるわけにはいかないし、かといって寂しさはどうしようもなく満たされない。どうすればいいんだろうと途方に暮れてしまい、結果的に主人を傷つけるようなことを云ってしまいました。

 

でも、振り返ってみればつらいときにもうれしいときにも傍にいてくれたのは主人でした。8年間も変わらずに。

学生時代、メンタルの病気を患って学校に行けない日々が続いていたのを励ましてくれたのも主人でしたし、同棲するようになって、発作でつらいときは主人が背中をさすってくれたり、鬱々として眠れそうにないときは、普段は別室で寝ているのに、私が寝つけるまで添い寝してくれたり。

そういうことをあれこれ思い出して、涙が止まりませんでした。

 

主人がそばにいてくれることを当たり前だと思ってしまっていたのですね。

それがどんなにありがたいことなのか、わかっていなかったのだなということに気づきました。

感謝の言葉を伝えてきたつもりでも、やっぱり私はひとりなんだ、満たされないんだとずっと思っていた気がします。

でも、主人は変わらずそばにいてくれました。どんなときも。

だから、これからの結婚生活を送っていくにあたって、主人がしてくれたことを決して忘れまいと思うとともに、もっと主人のことを大切にできるように頑張ろうと思います。

苦しさでいっぱいいっぱいになることもあるけれど、それでも変わらず愛情を注いでくれる主人のことを誰よりも信じて、たしかな愛情を胸に抱きしめて、少しでも恩返しができるように、これからの人生を歩んでいこうと思います。

 

 そういうわけでフルーツバスケット全巻を大人買いしました。


 

 私にとってのバイブルで、ずっと手元に欲しいと願っていた漫画なので、これを機にお迎えして、折に触れて読み返そうかなと思います。

アニメの方も途中まで観ていたのですが、長くてつい挫折してしまって……。

漫画なら、いつでも傍において読めるのがありがたいですね。

 

私はずっと透ちゃんのような女の子になりたくて、根っからのギバーである自分に誇りを持っていたのに、なんだかここ数日はいっぱいいっぱいで、ギバーとしての自分を表に出せなくて、愛情を求めてばかりいたなぁと感じます。

ギバーであることについてはいずれまた記事を書きますが、やっぱりギバー的性格の人間が求める方向に走ってしまうと、もうそれはそれは地獄を見ますね……。飢えて飢えてしょうがない餓鬼のようになってしまいます。

ギバー的性格というのは、要するに人に愛情や好意を与えることではじめて自分が満たされるというタイプなので、逆に相手に愛情を求めだすと途端に満たされなくなるようです。これは私の実感としての体験なので、損得勘定でギバーになりたい人のことやビジネス云々のことはよくわかりませんが。

ギバーであることに疲れてしまうこともあるけれど、基本的には私はそういう自分のことがけっこう好きです。少なくとも人に愛情を注いでいる間は自分のことも好きでいられます。

それで何かしらのお返しがなかったとしても、与えた時点で満たされているので、それはそれでいいんです。

でも、余裕をなくしてしまうと、そういうことも見失ってしまうのだなぁということに気づきました。

 

喧嘩を終えて、和解して、ようやくいつものギバーとしての自分に戻れて、少しほっとしています。

今は多忙な主人も、うつ病を抱える私も大変困難な時に直面していますが、もっとギバーである自分を大事にして、誇りを持って行動していけたらいいなと思います。