雪兎の小部屋

病弱専業主婦の日々

2020.04.13 主人のリモートワークで気づかされたこと

snowrabbit21.hatenablog.jp

 この記事を書いてから8日が経ち、主人のリモートワークがはじまって、ますます自分ひとりの時間を大切にすることが何よりも大事だなと実感しています。

 

幸いにも主人もひとりが好きなタイプですし、平日の日中はお部屋で仕事をしているので、物理的には私もひとりなのですが、やはり主人が仕事をしている間はこちらも気を張ってしまいますし、2LDKという間取りとはいえ、平時と同じように自由を満喫するというわけにもいきません。

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こちらの記事にも書いたように、私は専業主婦なので、家事は自分の仕事と割り切って、主人との分担は仕事=主人、家事=私、と完全に割り振っています。

むしろ普段よりもテキパキと捗るので、家事の負担が増えても不満はないのですが、いかんせんひとりの時間を確保することが難しいのです。

 

政府やインフルエンサー、マスメディアなどは人とつながることの大切さを説いていますが、今私に一番必要なのは、物理的にも心理的にもひとりになれる時間です。

人とつながることにはもちろんメリットもありますが、誰もが不安を抱えている状態で不安をシェアしても、依存的な関係に陥ったり、かえって不安の度合いを強めてしまうのではないかと、SNSなどを通じて感じています。

 

特に私の友人には、私と同じく精神疾患を患っている子たちもいるので、彼女たちと不安をシェアすることで、互いにとって、かえって良くない結果を招くことにならないかと心配する気持ちもあります。

ただでさえ私はエニアグラムでいうところの献身者的性質を持っているので、こういう時に平時のように世話を焼こうとしたり、あまりにも献身的に気を遣いすぎてしまうと、お互い二進も三進もいかなくなってしまいます。

 

さらに普段ならさして気にならないようなことが、このような状況ではネガティブな方向に増幅してしまいかねません。

平時のようなある程度落ち着いた状態で彼女たちと向き合えるのならいいのですが、今は到底そのような責任は私には負えそうにありません。

一歩間違えば命取りになりかねないことは、私は過去の経験を通じて学んできています。ふとした一言に深く傷ついてしまったり、修復不可能な亀裂が生まれてしまいかねなかったり、それだけならばまだいいのですが、最悪のケースも充分想定できます。

互いのことを守るためにも、少なくとも今は一定の距離を置くことはどうしても必要だと私は思っています。

 

さらにこのような状況では、平時は健康である主人のメンタルも多少なりとも参ってしまうかもしれません。

いつもはなにかにつけて助けられてばかりいますが、主人だって仕事面での多忙が重なっていていっぱいいっぱいの様子。こういう時に甘えてばかりはいられません。

 

そこで大事になってくるのが自立心です。

私の愛読書、駆け込み寺の庵主・戸澤宗充さんの著書『すべてを喜びとする』には次のような一節があります。 

自立には、二種類ありますね。精神的な自立と経済的な自立。

家庭に入って家族のために家事をするというのは、考え方次第で、精神的な自立となります。家事は、一見単純作業に思えますけれど、実は創作の連続です。

たとえば「今日は寒いから温かいお鍋にしよう」とか、「家族が使いやすいように書棚を整理しよう」とか、あらゆる作業にその人の心が表れます。そうやって誰かのために創作をするのは、大きな喜びとなります。

一方、「夫が家事を手伝ってくれない」「子どもが言うことを聞いてくれない」など、相手にばかり求める人は、知らず知らずのうちに相手に依存をしています。相手の気持ちや行動ありきで物事をとらえているからです。そうではなくて、「誰かのために」を喜びとして行動すれば、毎日の家事を通しても、陰徳を積むことになるのです。そしてそれは、精神的自立につながります。

もちろん、いつ何が起きるかわからない世の中ですからね、経済的な自立を目指すことも大切です。けれども、精神的に自立できていれば、それは生きる支えとなります。支えがあれば、何をやっても生きていけるから大丈夫。

――戸澤宗充『駆け込み寺庵主の「引き寄せ」問答 すべてを喜びとする。』pp154-155 

 私にとってこの本はバイブルのひとつで、折に触れて読み返しているのですが、主婦となり、またこのような困難な状況で生活せざるを得ない身として、戸澤さんのお言葉は改めて心に響きます。

 

家事に励むことが精神的な自立につながるということは、ここのところ実際に強く感じています。

主人がリモートワークをはじめたことで、「主人もあんなに頑張っている様子なのだから、私だけ怠けてはいられない」と気が引き締まり、家事が以前よりも捗るようになりました。

コロナ禍で思わぬ恵みを得たと感じるのは、この家事に専心することの充実感と喜びだと云ってもいいのかもしれません。

 

さて、問題のひとりの時間の確保ですが、実際のところ振り返ってみると、私は穏やかな音楽を聴いて、こうして記事や日記を書いたり、本を読んだりするひとときが何よりも心を休めることにつながっています。

また、小説をはじめとするフィクションがなかなか書けずにいる今、このブログを通じて、自分の考えを整理したり、ギバーとして発信することが、心の支えになっているなと感じています。

つい平時にできていたことができないフラストレーションにばかり目を向けてしまいますが、あまり多くのものは望みすぎず、家事や記事の執筆を通じて感じられる充実感を大切に扱うことが、心を豊かにすることに結びついていくのではないかなと思います。

 

さらに、ひとりの時間を欲しているのは、きっと私だけではなく、主人も同じであるはず。

自分の満たされない気持ちにばかりフォーカスすることなく、主人も不自由な想いをしているのだと想いを馳せて、ギバーとしての心のゆとりを忘れることなく、主人をできるだけいたわること。少しでも主人が過ごしやすいように家の中を整えること。

そうして献身者としての自分に誇りを持ちながら、なおかつ自分の時間も大切にすること。

それが今私に求められていることなのだと思います。