雪兎の小部屋

病弱専業主婦の日々

毒親の対処法

昨日、婦人科を受診して、婦人科系の病気でないことが明らかになりました。

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 しかし、それまではとにかく不安でいっぱいで、普段ならやり過ごせることも、何もかもがとてつもなく大きな問題として感じられてしまったのです。

たとえば人間関係のもやもやや、結婚をしてもいつまでも子離れできない毒親とのやりとりなど。

切羽詰まってしまって、レビューの高い海外の毒親本を買ってしまいましたが、まだ読む勇気がでなくて読めていません。

 

でも考えてみれば、元気な時はそういうもやもやもなんとかやり過ごせるんですよね。

どんなに毒親がひどいことを云ってきても、愚痴やネガティブな不平不満をぶつけてきても、はいはいと聞き流していられるのです。余裕がないのね、かわいそうね、と。

20代も終盤になって忘れっぽくなってしまったので、親にどんなにひどいことを云われてもあんまり覚えていないでいられるようになったのも、良いことだと感じています。

こればかりは長年付き合ってきた年の功なのかもしれません。

 

10代のころはとてもそれどころではなかったので、今以上に心を病んでしまっていましたし、周囲の大人たちは誰もわかってくれなくて、本当につらい思いをしました。

あなただけじゃないのよ、聞き流せばいいのよ、という言葉にどんなに傷ついてきたことか。

大人は無責任だな、私はこんなに傷ついているのに、何も分かってくれないなと感じていましたし、飛び降り自殺を試みようとしたのもちょうどそんなときでした。

しかし10代の親との衝突と、20代の親へのあきらめを経て、30代も間近になってくると、親もだんだん弱ってくるようで、愚痴の毒の濃度は増してきたなと感じますが、それをやり過ごすだけの余裕がわずかながらでも出てくるなと実感しています。

結婚をして別の家庭を築いたという心のゆとりもあるのだと思います。

 

ですから、今ちょうど10代で親とのことが本当につらくて死んでしまいたいと思う方がいるのなら、ひとまず生き延びることを最優先に考えていただきたいです。

たとえメンタルの病気を抱えてしまったとしても、生き延びれば親が弱る日が必ず来ます。

親のことを絶対に許せないと思っていたとしても、あきらめとともに少しずつ許容できる日が来ます。

そして多くの場合は、親は自分よりも先に死にます。

それまで生き延びてやると思って生きていれば、今はどんなに失意の底にあったとしても、ほんの少しでもうれしい出来事も出てくるはずです。

 

親を憎みつづけるということは、言葉にするのは簡単ですが、想像を絶するほどに心身ともに消耗してしまうことです。

私は心の底から親のことを許せないと思っていたので、大学生の頃は、何度もフィクションで母殺しの物語を書いてきました。

そうすることでしか自分の心を救うことはできませんでしたし、それらの物語を書いてきたからなんとか生きてこられたと感じています。

誰に否定されたとしても、私にとってはそれがプロ作家に認めていただける作品を書く契機を作ったことには変わりありませんし、商業誌に掲載していただいたのも、そういう母殺しの異世界ファンタジーの物語でした。

 

それでも、大学を卒業して年齢を経るにつれて、だんだん「親を許さない自分」というものに疲れを感じるようになりました。

メンタルの持病がさまざまに増えて、憎しみつづけるには気力も体力も追いつかない状況になってしまったのです。

そこで親のために許すのではなく、自分自身のために「親を許さないということをあきらめる」という選択をしました。「もう何を云われても聞き流そう」と決めました。

許容まではまだ遠く及ばないかもしれませんが、そうしてあきらめたことで、ずいぶんと楽になったと感じています。

 

それでも未だに母の言葉に傷つくこともありますし、ネガティブなものが濃縮されたような毒に気圧されそうになることもあります。

 今回のように自分自身に余裕がなくなってしまうと、悲しみがとてつもなく大きく感じられて、いっぱいいっぱいになってしまいます。

でも、それは自分にゆとりがないだけで、少しでも心や体が回復すれば、またなんとかやり過ごせるのだということに気づきました。

ちょっと付き合いきれないなと思ったときには、LINEの通知をミュートしたり、こちらからメッセージを送ることを控えるだけでも効果があるということを実感しています。

 

毒親だから絶縁しなければ、とか、毒親だから一生許してはいけない/毒親でも感謝して、絶対に許さなければならないとか、そういうことではないということを当事者としてお伝えしたいと思います。

絶縁しなくても、積極的に自分を曲げて親を許さなくても、または「許さない」ということをあきらめても、生きていくことはできます。

私がおすすめしたいのは、「許さない」ということをあきらめて、自分自身を大事にしながら、自分の人生を歩んでいくことです。

メンタルの持病を抱えていても、たとえ一度は死にたいと思って行動に移そうとしたとしても、そうして自分の人生を歩いていけるのだということを書き留めておいて、この文章を締めくくりたいと思います。