雪兎の小部屋

病弱専業主婦の日々

市場原理に則ってATSUGIのタイツを買ったという話

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火中の栗を拾うようなものだとは思いつつ、それでもATSUGIのタイツを買った。

本当は二枚組ワンセットのものを三つ買ったのだけれど、ひとつは開封してしまったので、写真はふたつだけ。

わざわざATSUGIを応援するために買ったというわけではなく、買い替えの時期とちょうど重なったので選んだ。

一消費者としてATSUGIの商品を買った身としては、一言書いてもいいだろうということで以下書くことにする。

 

ATSUGIの宣伝イラストについて、私はとやかく云うつもりはない。

私はフェミニストではないし、かといってあの宣伝が正しかったとは微塵も思っていない。

さまざまな意見があるのは散見するが、私は擁護派・否定派共々、筋違いな部分や、行き過ぎている部分があるのではないかと思う。

そのひとつひとつについて言葉は割かないが、宣伝に一度失敗したからといって、坊主憎けりゃ袈裟まで憎いの精神で、企業を叩きのめすことが、私には正しいとは思えない。

 

私はイデオロギーではなく、他社製品と比較して品質・価格・数量のバランスともに優れていると感じたという理由で、このATSUGIのタイツを買うに至った。

実際に着用してみると着心地は良くて品質に満足できるし、価格も良心的だし、心から買って良かったと思う。古くなったものを処分し、新品を下ろして気分もいい。

正常な市場原理とはそういうものだし、イデオロギーだけで世界は成り立っているわけではない。

ATSUGIのタイツの品質や価格に著しく問題があるならまだしも、ただ宣伝に失敗したために不買運動をしたり、他社製品への乗り換えを声高に主張するのは、いささか過剰反応なのではないだろうか。

 

この令和という時代に沿って、企業のコンプライアンスは遵守されてしかるべきだろうという意見も一面では正しいとはいえ、それを棍棒にして企業を再起不能なまでに叩きのめしていいという道理はない。

炎上の火はやがて消えるかもしれないが、企業の受けるダメージはそうそう簡単には消えない。

イデオロギーを振りかざし、イメージ戦略やターゲット戦略に失敗した時点でおしまいだ、消えてなくなるべきだというのは、あまりにも暴力的だし、企業への過剰な圧力にもつながりかねない。

そうして良心的な製品を作る企業が淘汰されていくことは果たして正しいと云えるのだろうか。

そこまでコンプライアンス、あるいはポリティカルコレクトネスというものは絶対的な価値観を有しているのだろうか。

そこにある暴力性というものを自覚しなければ、それらを盾にすることも、また棍棒にすることも、危ういのだと私は考える。

 

一消費者として、良心的な価格・品質の老舗の国産ブランドにはこれからも頑張って営業を続けてもらいたい。