雪兎の小部屋

病弱専業主婦の日々

それでも生かされているということに気づいた日

ここのところ著しく体調の悪い日が毎日つづいていて、医師の入院などが重なり、医療的なサポートを充分に受けられず、また実母との関係があまり良くないこともあって実家も頼れず、複数人の友人とも疎遠にならざるを得ず、孤独感を感じることが多かったです。

そんな中でも主人が支えてくれているのですが、彼にすがりついてしまってばかりいる自分にも嫌気が差し、未来にも希望を抱けずに、生きていてもしょうがないのではないかと途方に暮れてしまいました。

こんなに調子の波がめまぐるしく変わるとなると、作家になるという夢もあきらめざるを得ないでしょうし、同人詩歌集を作るという目標だけをよりどころとしていたのですが、うつの症状が重くて俳句を詠んでも詩を書いても楽しいと思えず、つらい気持ちが募ってしまいました。

昨夜はつらさのあまりに眠れずに朝方まで徹夜してしまい、過眠に陥ったり、かと思えば充分に眠れなかったりと、睡眠にも問題が出ています。

食欲にもムラがあって、一日二食になることもあります。

 

そういう状況を説明しても医師は分かってくれませんし、あまつさえ「元気そうだ」と云うのです。

もう十年ほどかかっている病院で、学生時代の一時期よりは元気になってきたのは医師の云うとおりなのかもしれませんが、それでもこうして気持ちが追い詰められてしまうこともあります。

うつも何度も悪化を繰り返していて、一向に良くなる気配はなく、減薬は無理だと云われました。諸事情さえなければ病院を変えたいと何度思ったか知れません。

医師の入院もあり、そろそろ潮時かなと思っているのですが、複数の難治性のメンタルの持病を抱えている身としては、追加の薬の処方は慎重にならざるを得ないのかもしれません。

とにかく主人を除くあらゆる人への不信感が渦巻いてしまい、どうしようもなくなってしまいました。主人にも寄りかかりすぎたくはないし、誰も頼れる人なんていないと思い詰めてしまいました。

 

そうしてむしゃくしゃして薬を飲んで眠って、朝も抑うつ状態がひどかったのですが、リモートワークで在宅していた主人が「今日は家事は休んでいいから、外食で美味しいものを食べよう」となぐさめてくれました。

こんなどうしようもない身にどうしてこんなにやさしくしてくれるんでしょう。

なんだか情けない気持ちになって、ふたたびふさぎこんでしまいましたが、主人は漫画の話など、ライトな話題をいくつか振ってくれて、昼休みの間そばにいてくれました。

「今日の目標はお風呂に入ることだね。お風呂に入って外食しに行こう」と云われて、重い体を引きずってお風呂に入りました。

あまり気乗りはしなかったのですが、主人に勧められたこともあり、貸してもらっていた『よつばと!』を読みながらお風呂が湧くのを待って入って、ボディケアをしたら、ようやく気分が良くなりました。

よつばと!』のヒロイン、よつばが元気いっぱいに、何気ない日常を漫喫してい精一杯生きている様子を見ていると、それだけで涙がこぼれそうになりました。 

 

ああ、私はこういう日々の幸せを投げ捨てようとしていたんだな、と気づきました。

病める日もあるどころか、ほぼ一年中体調が悪い日がつづいていますが、それでもその中にわずかながらでも光が差すような幸せなことがあるのなら、それに勝る喜びはないのだと、『よつばと』が教えてくれました。

今こうしてこの漫画に出会えて本当に良かったと思います。

 

お風呂から上がって、朝に主人が淹れていた凍頂烏龍茶の二煎目と、主人が私のためにと残しておいてくれた桜餅をいただいたら、本当に「生かされているんだなぁ」と気づきました。

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自分ひとりの力では、昨夜あのまま死んでしまっていたかもしれません。

文面だけで上手く伝わるかわかりませんが、それほど思い詰めていたのです。到底この夜を越してはいけないと思って、ずいぶん消耗していました。

それだけに「生かされる」という言葉がこれほど心身に響いたことはありません。

戸澤宗充『すべてを喜びとする』には、以下のような文章があります。 

 

もしかすると、「生かされている」と気づいている人は、誰よりも辛い経験をしている人なのかもしれません。

しかし、その辛い経験を経て得た「気づき」は、人生を導く灯となります。

「生かされている命なんだから、大切にしよう」という気持ちが自然とわいてきて、一瞬一瞬がキラキラと光が降り注いでくるかのような、命の輝きを感じることができるのです。それは、とても幸せなことなのではないでしょうか。

私が今日一日を通じて得た経験は、まさにこのことを物語っているのだと思います。

なんでもない日常の中に、かけがえのない幸せがあるということを、今日改めて感じたのでした。 

 

楽しみにしていた夕食にはパスタ屋さんのディナーセットをいただきました。

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主人も積極的に話してくれて和やかなひとときになり、心底ほっとしています。

夕食を終えて帰宅し、主人に心からの感謝の気持ちを伝えました。

ひとりでは到底越えられなかった夜を越えて、主人と一緒に楽しいひとときを過ごせて、果報者だと思います。

これからも耐えがたい夜は巡ってくるのでしょうし、その耐えがたさに心が折れそうなこともあると思いますが、それでも「生かされているのだ」という実感は忘れずにいたいです。