雪兎の小部屋

病弱専業主婦の日々

気遣いを行動で示す

 

少し前に主人に「最近疲れているみたいだよ」と云ったら、あまりそういうことを伝えてほしくないという旨のことを云われました。「俺はあんまり繊細なタイプじゃないから、大丈夫だよ」と。

私としては、多忙な主人に自分自身の体調にもう少し気を遣ってほしいというつもりだったのですが、考えてみれば人に「疲れていそう」と云われて喜ぶ人はいませんね。

もう少し伝え方を変えてみれば良かったのかもしれないとか、つい不用意なことを云ってしまったなといういたく反省しました。

 

そういうこともあって、先日「スーパー銭湯に行ってみたら?」と提案してみると、「ありがとう、そうするよ」とすんなりと受け入れてもらえました。

実際に主人はその次の日の休日にスーパー銭湯に行ったようで、ひとりきりの時間を楽しんできたようです。

私たちはそれぞれ部屋を持っていますが、やはりどうしてもずっと一緒に人がいると疲れてしまうタイプ同士なので、こうして声を掛け合うことは大事だなと思います。

何より、気遣いの言葉はネガティブなものよりも、ポジティブな方がいいのかもしれません。

 

そして今月、複数のネットストーカーがきっかけとなったPTSDの再燃で、人の言葉が信じられなくなりました。

主人をはじめ、PTSDの原因に直接関係のない人まですっかり怖くなってしまいました。電話やLINEが届くたびにドキッとしてしまいます。

日々募る人間不信の中、主人は言葉だけではなく、料理を作ってくれるなど、行動で愛情を示しつづけてくれています。

人の言葉が信じられなくなっても、行動で示してもらえると、やっぱりこの人のことを信じてみようと思います。

そうした時に自分を振り返って、どれほど気持ちを行動で表わせているだろうかと自問しました。

気遣いもまた言葉でなくても、行動でも示せるものなのだということを、私は主人に温かく接してもらって学ぶことができました。

私にとって気遣いを行動で示すということは、家事をすることに他なりません。

 

また医師からもPTSDの症状に囚われずに済むように、家事をしたり外出したりすることが有効だと伝えられていたこともあって、家事に励むようにしています。

なかなかすべての家事をこなすまでには至っていませんが、この日はいくらか調子も良くて、身支度をしてスーパーに買い物へ行き、家事もいくつか片づけることができました。

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ここのところ主人も仕事が忙しく大変そうな毎日を送っているので、そのサポートになればと思うと、家事にも身が入りました。

家事をこなしているうちにいくらかでも心が整ってくるのを感じました。

やはり不調な時でも、その不調をいい訳にして家事をしないよりは、多少苦しくても動いた方がいいのだということも実感しました。

 

今は暗闇の底にいても、主人といるときはできるだけ明るく振る舞いたいですし、できる範囲で自分にできる家事を精一杯することが、結果的に主人のためにもなるのだと思います。

自分ひとりのためと思うとなかなか動けないときでも、人のためならがんばれるという手あかにまみれた言葉が、ようやく腑に落ちた想いです。

症状は日によって負担を増すこともあるでしょうし、まだまだつらい日々はつづくと思います。

それでも毎日をなんとかやり過ごしつつ生き延びたいです。