雪兎の小部屋

病弱専業主婦の日々

最近のtwitterの使い方

 

気になるスマホ時間

先日、友人のブログを読んでいたところ、スクリーンタイムでスマホiPadの使い方を見直すという刺激的な記事に出会いました。

igyo.me

実際に私もチェックしてみたのですが、スマホの結果はこの通り。

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Twitterにあまりにも時間を割き過ぎてしまっていて、衝撃を受けました。

ちなみにMac Book Airの結果はこの通り。

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Mac Book Airを使っているときにはブログを書いていることが多くて、この週は14時間弱ブログを書きました。私は人のブログはあまり読まないので、はてなブログに費やした時間はほぼ執筆時間と同義です。

Mac Book Airを開いてしまえば執筆モードになるので、早めに開けばいいのではないかとも思ったのですが、不調な時はついスマホをだらだらと見てしまいます。

とはいえ全てを制限するのは難しいですし、頭を休める時間もどうしても必要になります。

そこでTwitterの使い方について、改めて考えてみようと思い立ちました。

 

私のTwitterの使い方

私はリア垢の鍵垢と、ひとりきりの鍵垢のアカウントを運用しています。

長らく創作・読書アカウントを運用していたのですが、PTSDの悪化もあって、鍵を開けた状態でツイートすることや、不特定多数の人とつながることが難しくなってしまいました。

リア垢は気心知れた友人しかフォロワーにいませんし、安心してツイートができます。

時々、宣伝のために鍵を開けようかと悩むものの、この快適さには変えられません。

特にここのところはTwitter上も何かと騒がしい様子なので、しばらくはこのままの運用でいいなと考えています。

 

リア垢はTLをリスト管理

リア垢では公式アカウントや、お気に入りのイラストレーター、人形作家など、さまざまな人をフォローしていますが、そのフォロー量は多くてさかのぼるのが大変です。

そこでフォロワーの友人はTLリストに登録しておいて、極力リストだけを見るようにしています。

通常のTLを見ることもありますが、TLリストが更新されていなければ、あまり閲覧に時間をかけません。

時間を割く割合として多いのは検索する場合と、自分のツイートをさかのぼる場合です。

 

ブログネタのメモ代わりのメディア欄

自分のツイートをさかのぼって何をしているのかというと、メディア欄をチェックして、ブログネタになりそうなものを集めます。

写真やスクショをわざわざ載せているツイートは、人に見てもらいたい/書き留めておきたいという心があって生まれるものなので、文字だけのツイートよりも、ブログネタになることが多いのです。

コンスタントにブログを書きつづけるためにも、Twitterの自分自身のメディア欄は重要なネタ元として使っています。

そう考えると、Twitterを利用している時間を必ずしも悪と断罪しなくてもいいのではないかなという心持ちになります。

 

ひとりきりのアカウントの活用

体調不良時の避難所として、写真を加工する場として、あるいはアクションを起こす前にツイートすることでやる気を出したい時や、日常ツイートの場として活用しています。

最近はこちらのアカウントにいることが多いです。

その際他の人のツイートはほとんど見ませんし、見るのは検索結果のみです。

常に何かしらの文章を書いていないと落ち着かない人間なので、日常ツイートはどうしても量が多くなり、フォロワーのいるリア垢では連投しづらいなと感じることもあって、ひとりきりのアカウントにツイートすることが多いです。

また多いのは体調不良時の避難場所として利用することです。

先にも書いたように、ぐずっているインナーチャイルドと話すこともあれば、気圧の変化のスクショを貼っておいて、後ほど見返すこともあります。

私は何かと病弱で体調を崩しやすく、体調の話はなかなか人のいる場ではしづらいので、このひとりきりのアカウントが役立っています。

 

Twitterの利用時間は用途次第

私はただ漫然とTLを眺めたり、人のツイートを見たりすることに時間を費やしているというよりは、ブログのネタ元として自分自身のツイートを利用したり、体調管理に役立てているのだということに改めて気づきました。

Twitterの使い方次第で、ただ無為な時間を過ごすのか、あるいは自分の生産性に役立てたり、体調の改善に寄与したりと、メリットを生む使い方ができるのかが変わってくるのだなと思います。

SNSはなかなかやめられなくても、それを一概に悪と断罪するのではなく、建設的な使い方へとシフトチェンジしていくことが重要なのではないかなと私は考えます。